第1日目(9月24日) 上高地13:40→明神14:25→徳沢15:11→横尾テント場16:05 |
河童橋の先には、昔と同じ奥穂が聳え立っていた。
実は、この写真は、最終日の早朝に撮ったものであり、
初日は連休ということもあって、あまりの人の多さに写真な
ど撮る気にもなれなかった。
横尾テント場。ここまで来るとさすがに観光客はおらず、
静かだ。横尾山荘はジャグー風呂もあるらしい新しい小
屋だが、文明の利器には、なるべく近寄らないことにす
る。
第2日目(9月25日) 横尾テント場4:37→本谷橋5:32→涸沢テント場7:12・テント設営7:50→北穂高小屋9:55 →キレット最低鞍部11:13→北穂高小屋12:32〜12:50→涸沢テント場14:23 |
もうひと登りすれば涸沢だ。奥穂高岳(左側に3峰ある
中央の峰)が朝日に輝いていた。
涸沢ヒュッテのテラスから、これから登ろうとする南峰
ルート(写真に写っている涸沢山荘の右側から上がっ
ていく。)と北穂高岳(中央の峰の右奥の峰)を見上げ
る。
下に見えている幕営地で、荷物を下ろしてからテント
を張る。
南稜ルートを登りながら前穂高岳を見る。
その昔、涸沢から前穂高岳の「5-6のコル」へ取り付
き、ヒヤッとした感覚が何十年経った今でも残っている
のは、2峰への登りだったのだろうか。
ナナカマドがいたるところで赤い実を付けていた。まだ
、葉は色づいていなかったが、その昔、涸沢合宿をし
た時分には、まっ赤に紅葉していたので、もう1〜2週
間すれば、紅葉と新雪が同時に見られることだろう。
南峰の登りで、転落して歩けず救助のヘリコプターを
待っている人とか、道を譲った人が、濡れた岩に足を
滑らせ、頭から落ちていくときに、前を行く同行者のと
っさの判断でリックを捕まれ、事なきを得たようなこと
に出会ったので、北穂高小屋のテラスでコーヒーを飲
んでから、慎重にキレットを下る。
左が飛騨泣きで、右前方に見えるのが長谷川ピーク
である。
飛騨泣きから長谷川ピーク(左)を見る。ピークを下る
と、その先にキレットの最低鞍部がある。
キレットの最低鞍部から引き返し、飛騨泣きから北穂
高岳を見上げる。
この後、北穂高小屋のテラスで再びコーヒー(余談で
すが、こんなシチュエーションでいだだけるコーヒーが
400円とは安い。お奨めします。)をいただき、同席者
と歓談したのち、涸沢に下る。
下る途中で、東峰への取り付き点を探したが、結局分
からず、分からなかった。
第3日目(9月26日) 奥穂高岳 涸沢テント場5:13→穂高岳山荘7:09→奥穂高岳7:43〜8:05→ジャンダルム8:55→天狗ノ頭10:20→間ノ岳11:01→西穂高岳12:15→ピラミッドピーク12:52→西穂山荘14:01 |
涸沢パノラマコースから朝日に輝く奥穂高岳を見上げ
る。
涸沢パノラマコースから涸沢岳と涸沢槍(右の尖って
いる峰)を見上げる。
穂高岳山荘から奥穂高岳へのルートを見上げる。
奥穂高岳の登りから、昨日登ったきた北穂高岳(一番
右)を眺める。するどく尖った槍ヶ岳(中央)も遠くに見
える。
奥穂高岳山頂。
360度の展望。今までに登ってきた、南アルプス、中央
アルプス、八ガ岳、そして、北アルプスの山々が見え
る。
奥穂高岳から、これから下ろうとしている馬ノ背(手前
の一番左)やジャンダルム(中央の高い峰)を見下ろ
す。遠くにゴールの西穂高岳も左の方に頂を覗かせて
いる。
早朝だと寒く、手や体が縮こまるので、奥穂からのス
タート目標を8時に設定していた。素手ではやや冷た
いが、快晴で風もなく、絶好のスタートが切れた。
馬ノ背からロバの耳(手前の岩峰、奥の丸いコブ尾根
ノ頭と重なって見える。)とジャンダルム(右)を眺める。
その昔、ジャンダルムを回り込み、滝谷に下って、岩
場の練習をしたのは、どのあたりだったのだろうか。
ジャヤンダルムへは直登せずに、いったん南側に回り
込み、西穂側から登る。
手前はコブ尾根ノ頭で、ゴールの西穂高岳や、遠くに
最終日に登った焼岳が見える。
コブ尾根ノ頭から、天狗ノ頭、間ノ岳、西穂高岳を見下
ろす。
「天狗のコル」の避難小屋跡から岳沢へ下るコースを
見下ろす。
翌日は、西穂山荘から、いったん上高地へ下り、下に
見える岳沢を登り返して、前穂高岳に登った。
天狗ノ頭から、下ってきたコブ尾根ノ頭を振り返る。
天狗ノ頭から間ノ岳を見る。
眺めていても、どこを登ればよいのか分からないが、
要所に白ペンキで丸や矢印が付いているので、ガス
って見えにくい日などを除き、印を忠実に辿っていく
とよい。
間ノ岳へ登りながら、天狗ノ頭から「間天のコル」(あ
いてんのコル)への下りを振り返る。
向かって左側に長い鎖がかかっていて、「間天のコル
」が直ぐ下にあるので高度感も余りなく、傾斜も写真で
見るほど急でない。
間ノ岳から、前穂高岳(右)、吊尾根(中央)、奥穂高岳
(左)を振り返る。
翌日、このコースを辿ったが、ガスと強風で、展望はな
かった。
間ノ岳からの下りを振り返る。
陰になっているルンゼ状の所に鎖がかかっている。
間ノ岳の一つ西穂よりの岩峰から、西穂高岳(中央右
の三角形の山)を見る。
近くに見えるが、まだこの間に、3つの岩峰と4つのコ
ルがあり、岩場を登ったり下ったりで体力がいる。
一つ手前の岩峰から、ゴールの西穂高岳(真ん中の
尖っている峰)を見る。
ここまで来れば、もう大丈夫なので大休止だ。
西穂高岳からピラミッドピークや西穂独標、その先に
西穂山荘が見える。左上の谷底が上高地だ。
今夜の宿泊地ある西穂山荘に着いた。予約せずに飛
び込みで泊る。
寝床は、1人畳1枚見当で、9,000円なり。それにし
ても、今夏に登った月山や鳥海山の山小屋の佃煮4
品のみという食事に比べて、品数も多く美味しかった。
西穂山荘からいったん上高地へ下り、そこから岳沢を
登り返して、岳沢ヒュッテに着く。同ヒュッテは小さな小
屋で、飲料水等が売られていた。
これからこの急な斜面を登っていく。
前穂高岳への登山道は、岳沢ヒュッテから前穂山頂ま
で、このように難しくはないが、手足を使って這い登る
岩の道が続く。
今日の天気予報は、「晴のち曇」となっていたが、山頂
部分はガスっていた。
もうすぐ紀美子平だ。ガスってきて見晴らしが利かない。
前穂高岳山頂に着いた。風が強く、その上、ガスでメ
ガネが濡れて、見えにくい。晴れていれば、見晴らし
のよいおもしろそうなコースなので、機会があればま
た登りたいコースだ。
ガスと強風のなか、吊尾根を辿る。
奥穂高岳は、昨日登ったので素通りし、穂高岳山荘の
ベンチで一休みしてから、ザイテングラードを下る。
一晩留守にしていた、涸沢テント場が見えてきた。
失敗談 涸沢のテント場に下ってくると、何とテントが見あたらないではないか。探したところ、食糧やシラフ等を入れたまま、風で下の方に吹き飛ばされていた。こんなこともあろうかと、四方の控え綱を相当大きな石で押さえていた(ペグは岩屑地のため使えず。)のに。 アライテントの2人用なので、縦に長く横風に弱そうなので、テントをメーカーへ修理に出すときに、テントのてっぺんから横に引く紐を追加できないか等の改善策を尋ねてみようと考えている。 |
涸沢ヒュッテのアメダスニュースによると、明日は、「曇
のち雨」ということなので、予定を早めテントを撤収し、
下山することにした。
飛ばしたので、日暮れまでに芝生のテント地である徳沢
に着いた。
第5日目(9月28日) 焼岳 徳沢テント場5:59→明神6:43→上高地(田代橋)7:45→焼岳小屋9:59→焼岳北峰11:24→下堀出合12:14→中の湯13:45 |
テント場を管理している徳沢園でも確認したとkろ、や
はり明日は「曇のち雨」と云うので、まっすぐに帰宅す
るつもりで遅くまで寝ていた。
翌朝、テントを出てみると晴れているではないか。そ
れならば、ということで、焼岳に登ることにした。
ダラダラした林間の道を辿り、林の切れ目から焼岳が
見えた。
唯一、長い梯子がかかるところを登ると、焼岳小屋が
近い。
頂上近くで、ゴウゴウという噴気音が聞こえるが、ガ
スで見えない。丸印に沿って登っていくと、持つ岩が
地熱で温かく、ところどころでガスが噴気している。
立山の地獄谷でもそうだったが、登山道がすぐ近くを
通っていても大丈夫なのだろうか。
焼岳頂上に着いた。ガスっていて眺望はなく、しばら
く休んでから中の湯へ下った。
途中の下堀出合から釜トンネルまでは、中の湯まで
の新しい道ができたので、利用者が少ないのだろう、
道が荒れてきていた。
それにしても、穂高はいい山ですね。山を歩いていて
、再び訪れてみたい山とかコースはあるものですが、
今回の奥穂〜西穂は、その一つです。風のない暖か
な日に、今度は西穂側からのんびりと登ってみたいと
思った。
サブザックを背負い、南峰ルートから北穂高岳を目指
す。この時分まで晴れていたが、次第にガスがかかっ
てくる。
第4日目(9月27日) |
穂 高 連 峰 を 歩 く 2007年9月24日〜9月28日 |
その昔、秋と言えば、涸沢合宿が定番だった。清流の河童橋、真っ青な空に映えるナナカマドの赤と新雪に
輝く穂高の山々、怖々登った岩場などを思い出し、何十年ぶりに穂高に行ってみた。
登山ルートは、赤線で表す。
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地形画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平19総使、第371号)」
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地形画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平19総使、第371号)」
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地形画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平19総使、第371号)」
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地形画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平19総使、第371号)」